2024年01月05日
歩き初め
1月5日は朝から天気が良くなり、歩く気分になった。
近所のお雀神社にお参りして、土手に上がって真っ白な富士山も拝んでちょっとだけ歩いてから土手を降りた。
去年の暮れにトラックがほぼ出来上がった部屋や、台所や、ふろばなどを運んで狭い道を通った。
なんだ、なんだ?とやじうま根性で巨大なクレーンが立っているところに行ってみると、建築現場だった。
窓ガラスもはまった、流し台もついたままの舞台装置のような家の一部を、現場でクレーンで持ち上げてくっつけて建物にしていくのをwalkingの帰りに眺めたっけ。
あの現場はどーなった?と興味津々で帰り道に行ってみたら、大きな家が二棟・総2階で積み上がっていた。
まだ正月明けで仕事は始まっていないようだったが、よくみると上・下に別れた2世帯住宅か2軒のアパートらしい。
そんな所を眺めながら30分ぐらい3700歩で2.7kmで帰ってきた。
地震も起きなかったし、事故にも遭わないでお城に戻れたのは上々。
2024年01月03日
お正月から大惨事
2日の羽田のJALと海上保安庁の滑走路での衝突は、何ということだ!
元旦の能登の大地震だって、今日3日目でも倒れた家屋から人を助け出していると言うのに何度でも余震が襲う。
惨事は終わっていないのに今度は飛行機事故だ。
今までお正月は穏やかに過ごせると決まっていたもんだったが。
皆様、2024年は気を引き締めて参りましょう。
2024年01月02日
元旦の大地震
夕方4時10分ごろの船酔いか?と思うような長くゆっくり揺れる地震はやっぱり遠くの地震だった。
能登半島の大地震による津波警報と相次ぐ余震で1月2日になっても被害の大きさにテレビ報道が流れ続けている。
亡くなった方も午後2時のニュースで30名と近頃の地震では多い。
金沢の友達Gさんにラインで安否確認したら、アトリエやお住まいの残状の写真が送られてきた。
よくテレビで映されているような室内で、すぐお見舞いの何かをお送りしようと思った。
簡単に食べられるレトルト食品?無添加のハムやソーセージは便利?
メールには室内は半分片付けてあり、何も送らないでと返事が来た。
多分非常食はたくさん準備してあるでしょうし、こんな時にいただいたお見舞いに気を使うのもいやでしょうから、悩んだあげくご遠慮した。
アマゾンでも楽天でもこちらからは何でも簡単に送ることができるが、果たして配送の道路がどうなっているのか?日本中から色々なものが送られるだろうし・・・
ま、無事であったからこれ以上気を使わせてしまうのは自己満足というものだ。
今、千葉や茨城に東千葉沖地震が起きたら、とりあえず家族の無事の確認とその辺にある食べ物で生き延びるのが精一杯だろうと想像する。
多分今の日本で水や食料はみんな用意しているに違いない。
9月には国立新美術館の二科展で、この災害を乗り越えた、また一味違う大作にお目にかかれることを期待している。
被害の少しでも軽いことを祈ってます。